農女Naokoのスピリチュアル日記

私のワクワク、書きかき時間。

恐れでなく愛で生きるとは、具体的に。

大事なことなので、何度も言います。

 

形を変えて、具体例を変えて。

 

ここに書いていることは、私の個人的な日記であり、私が真実と思うものであり、私の世界です。

 

まぁ、趣味です。

 

趣味ですが、「いやぁ、すげえな。」って思っていることです。

 

 

さて、今日もいろいろなことがありました。

 

「すべて学びです。」と4、5年前に人に言っていただき、ちんぷんかんぷんだった私。

 

今は、そうだなぁと感じられる私です。

 

この世界は、意識でありエネルギー体であり魂である私の学びの場。

 

 

 

表現が難しいのですが、3次元(4次元第3密度)の世界に生きている人は、ほぼ”恐れ”で生きている。

 

”恐れ”とは、怖がっている状態。

 

何を怖がっているのかというと、

 

受け入れられていない、認められていない、愛されていない、ということ。

 

 

受け入れられていない、認められていない、愛されていない、という感覚がベースにあって、(瞬間瞬間を)生きている。

 

もっと細かく丁寧に言うと、【無条件に】受け入れられていない、認められていない、愛されていない、という恐れを持っている。

 

 

もちろん!みんな、

無条件に受け入れられ、無条件に認められ、無条件に愛されたいのです。

 

 

でも、3次元の意識で生きていると、自分の生きる世界を自分が創っているとはまさか思っていない。(そういう感覚を持っていない。私も以前は全く持っていませんでした。)

 

そして、内側を見ることを知らないし、自分で何とかできるとも知らないので、その恐れの感覚を、外側で満たそうとする。

 

 

自分の内側を見て、自分の内側に無条件の愛(【無条件に】愛されてるんだ~、認められてるんだ~、許されてるんだ~、という感覚)を発見できればよいのですが(話は早いのですが)、

 

どうもそうじゃないんだな。見ていると。

 

外側に何か答え、自分を満たしてくれるものを求めてしまう。

 

 

何しろ、そのようなことを学校や家庭や社会で教わってきていないですしね。

 

そりゃそうだ、しゃーないわ。

 

 

 

で、これはですね、実は最近、私が日常生活の中で体験し気づいたことなのです。

(学び中~。)

 

ある出来事があり、私は悲しい気持ちになった。

 

「私は求められていないんだ。」

「何か足りてない気がする。」

「私はだめなんだ。」

 

そんな感覚になった。

 

そしてそれから、以前なら、外側で満たそうとしていたことに気づきました。

 

悲しい、私は足りない、だから、

 

「私を満たして!」

「私にちょうだい!」

 

エスカレートすると「なんでくれないの!」・・(^-^;

 

って、そんな叫びを心の奥深くに持ち、相手を責めたり、自分を責めたり、ぐちゃぐちゃぐちゃーっとなっていき。(ノД`)・゜・。

 

 

例えば会社ですぐ怒る上司とか、そういう人、いますよね。

 

そんな人も、根底に、この無条件に愛されていないという恐れを持っているのかもしれないですね。

 

 

 

じゃあ、どうするのか?どうしたらいいのか?

 

・・・それは、

 

自分の人生だから、自分で見つけて。

 

というところですが、せっかくだから、私の答えをお話しますね。

 

(あ、もったいぶっているのではなく、人生は自己責任だから。でも、読んでくれている方がいるなら、それは興味を持っていただけているということだろうから、ハヤク書けやー!ってところですね。w)

 

 

答えはつまり上記で書きました、

 

『自分の内側を見て、自分の内側に無条件の愛(【無条件に】愛されてるんだ~、認められてるんだ~、許されてるんだ~、という感覚)を発見』する

 

ということです。

 

まずここは、スピリチュアル日記ですから、外ではなく中、周りではなく自分、心の内側を見るというのは基本でございます♪

 

 

それでそれはもっと具体的にどうやるんか?と言うと、

 

瞬間瞬間の自分の感じていること、思っていることを全部そのまま出して受け入れる、OKを出す、認める、大丈夫だよって言ってあげる、ってことです。

 

 

イメージしてください。イメージ力が大事です。(^_^)

 

 

感情的に、「許せない!」「嫌だ!」「悲しい」etc.と思っている自らを、もっと大きな、温かく、おおらかな存在が包んでくれているのです。

 

 

私の例ですと、

 

以前の私は、崇高な人間になるという無意識(前世から?)の目標があり

 

そんな人はネガティブな感情を持たないと思い込んでおり、ネガティブな感情を持つまいとしていましたので

 

気持ちに蓋をし、我慢をして苦しいという状態でした。

 

(かといって、愚痴不平不満をいつも言っているような状態にはなりたいわけではなく。)

 

そんな私が、ある時自分の感情を瞬間瞬間出して、それにOKを出していったら(そのまま出させてあげていったら)、ものすごーーく自分の中の癒しが起こりました。

 

癒しが起こる、それは、ガタガタガターと古いものが崩れ去るような、ナイアガラの滝(イグアスでもいい)にドバーッと流されるような、そんなこと。

 

それにより、安心感が出たんですね。

 

それが私の、【無条件に愛されていて、大丈夫だよ~】という感覚を体験した時です。

 

この安心した状態だと、”恐れ”からの行動っていう観点ではなくなっています。

 

 

これ、やることシンプルですが、強力だと思います。(^-^)

 

慣れていないと分からないかもしれないですが、やっていることは簡単なことです。

 

自分で自分をこんな風に満たせるので、エコだし、軽いし、すてきでしょう~。

 

 

そしてオマケのお話をすると、

 

この無条件の愛の状態、安心している状態が、(これは私のこれから体験予定のことですが)ゼロポイントに立っているということで、

 

いい悪い、線で言えば左右のどちらかに偏っているのでなく、真ん中にいること、であり

 

いわば、願いを叶える基点なのです。

 

 

なんだか、論文を書いている気分ですね。(笑)

 

 

最後に、気持ちの持ち方のアドバイス的なことで、「いい気分でいるといいことが起こる」と聞いたことがあります。

 

ちょっとそれだけでは、「いつもいい気分でいよう」→「いい気分でいなきゃ」となってしまいかねない。

 

このアドバイスをもっと丁寧に言うとすれば、

 

「いつもできるだけ瞬間瞬間、自分の感じていること思っていることを分かってあげて、大丈夫だ~と穏やかで安心した状態でいると、思いつく望み(インスピレーションが沸くとか)に抵抗なく行動でき、結果叶えたいことが叶う」

 

ということになります。

 

 

 

論文、まとまったかな?

 

 

幸せに生きるのは身近なこと。

 

それじゃ、今日はここまで。

またねー。